その奴隷を見てみると、浅黒い肌に大柄な体をしていた。骨太な体格だが今は痩せてしまっている。
パルティア人とちょっと毛色の違う感じがする。経歴書には「ササナ人」とある。 ササナ国は確か、パルティアの南にある小国だったな。確かに農業スキル持ちの割に、お値段が安い。
農業は農奴として人気のスキル。普通ならば引く手あまたのはずだ。この値段では買えないと思う。
反抗的ということで割引中なのだろう。
あるいは、態度が良くなくてどこかの農園を追い出されたとか?
「反抗的でも別にいいよ。仕事だけきちんとやってもらえれば、文句はない」
俺が言うと、ササナ人奴隷はちょっと目を見開いた。
まあ、仕事をサボってばかりだとか他の奴隷たちを虐めるだとか、問題行動があまりにひどかったらその時に対応を考えよう。
彼をキープしてもらって、次の人の吟味に入る。生産スキルはたくさんがあるが、特に欲しいのは鍛冶と錬金術、宝石加工だ。
鍛冶は武具を作るスキル。 良い武具はダンジョン攻略の要だからな。武具は店売りのものでは性能が物足りない。かといってダンジョンでドロップを狙うのはあまりに運任せすぎる。
ある程度の性能を狙っていく場合、鍛冶スキルは必須になるだろう。
で、錬金術はポーションを作るスキル。 混乱やマヒのデバフ系ポーション、それに回復系のポーションはダンジョン攻略に必須である。宝石加工は護符やアクセサリーを作る。これも武具に準じる装備品だ。
しかも壊れやすいので半消耗品でもある。しっかり確保したい。次点で魔法書製作。
魔法書は魔法屋で買うかダンジョンで拾うかしか入手経路がない。 で、魔法屋の品揃えもそのときによってまちまちなのだ。 安定してよく使う魔法の魔法書が手に入るなら助かる。ただ、俺の得意とする魔法は初歩のマジックアローや戦歌、光の盾など。
これらは店でもダンジョンでも比較的入手
断ろうと思ったが、その子供と目が合ってしまった。 年齢にそぐわない全てを諦めきったような目。ろくに食事をもらっていないと分かる、ガリガリの体。 髪の色は金髪だと思うんだが、薄汚れてぱさぱさなのでよく分からない有り様だった。 今日買った三人の奴隷は、拠点で生産しながら店番をしてもらう予定だ。 ダンジョンに連れて行くつもりはないので、危険はない。 それなら――「分かった。その子も買うよ」「毎度あり!」 奴隷商人のホクホクした顔がムカつくが、俺は黙って代金を支払った。 四人合わせて金貨六枚なり。 全財産の金貨二十二枚から出して、残りは十六枚。まだ大丈夫。 魔法契約で俺を主人に設定する。 農業スキル持ちのササナ人はイザク。 錬金術スキルの女性はレナ。 宝石加工のじいさんはバド。 少年はエミルという名前だった。「みんな、これからよろしくな」 声をかけても反応が鈍い。 エリーゼがとりなすように言った。「皆さん、ご主人様は優しい方です。どうか安心して仕事に励んでくださいね」 同じ奴隷のエリーゼの言葉は、少しは響いたようだ。 彼らはもそもそと挨拶をしてくれた。「反抗的な態度を取ったら、容赦なく鞭打ちをおすすめします。鞭も売っていますよ。銀貨二枚」 奴隷商人がそんなことを言っているが、無視だ無視。 俺は奴隷たちを引き連れて、市場を出た。 夜になるまでまだ間があったので、服屋に行って奴隷たちの服を買った。 奴隷制は嫌いだが、必要以上に甘やかすつもりはない。 これからしっかり働いてもらわないとな。 でも、不潔でボロボロの服は良くないだろ。 一年前までボロばっかり着ていた俺が言うんだ、間違いない。 次に宿屋の部屋を取った。 そこで桶と湯を借りて、それぞれ体を洗わせた。不潔は病気の元だからな。 さっぱりした奴隷たちに新しい服を着せる。 これ
店を出す場所はもう決めてある。 王都パルティアから街道を東に二日程度進んだ場所だ。 王都が近いせいで人の往来が活発。 加えて、その周辺はダンジョンがよく出現する。 王都に近くはあるが、徒歩二日の距離は至近ってほどでもない。 補給のための買い物したり戦利品を売り払うために王都まで行くにはちょっと面倒で、しかし人の行き来は多い。 なので冒険者の客の需要があると見込んだのだ。 幸いなことに周辺に店はない。絶妙な位置だった。 俺が作りたいのはダンジョン攻略に役立つアイテムや武具だ。 生産スキルの練習がてら余ったものを売るには、冒険者相手が一番いい。 中級以上の冒険者はそれなりにお金を持っている。金払いのいい客になってくれるだろう。「よし。建物はこんなもんだな」 夏の青空の下、できたての小屋の前で俺は腕組みをする。 王都の大工に頼んで建ててもらった家だ。 ほとんど小屋レベルの小ささだが、街道に面した部分が店になっている造りである。 ついに俺も家持ちになった。小さいながら我が家だ! 家はリビング・ダイニング、キッチンの他にベッドルームが一部屋、それから店のスペースしかない。 狭いのでベッドルームに三段ベッドを設置してみた。 はみ出た人はリビングで寝てもらおう。 男女の過ちとかは、まあ、奴隷契約があるので起こらんだろ。 六人と一匹の大所帯としては小さな家だ。 リビング・ダイニングもこじんまりしたもので、食卓テーブルを置いたらスペースに余裕がない。 狭すぎると文句を言われるかと思ったが、この小さな家は好評だった。「わたしたちのお家ができるなんて、素敵です!」 エリーゼが言えば、「いい家だ。雨風がしのげて、雨漏りもしない」 農業スキルのイザクが続ける。「わたくしどもにはもったいないですよ」「ここに住むの? 怖い人、来ない?」 錬金スキルのレナと少年のエミル
家人らの担当が決まったので、俺とクマ吾郎の坑道も決める。 俺とクマ吾郎は今まで通りダンジョンの攻略に精を出すことにした。 これまでは金策メインだったが、これからは素材採集をもっと積極的にやるつもりだ。 どんどん作ってがんがんスキルを鍛えてほしい。楽しみだ。 鍛冶スキルは習得したものの、実際に手を出すのはもう少し先になる。 というのも、鍛冶はハンマーやら金床やら溶鉱炉やら、設備が必要になるからだ。 今の家じゃ狭くて置き場がない。 いずれ鍛冶場を作らないといけないな。 まあ、奴隷たちのスキルがもっと上がって店の売上が安定してからの話だ。 そうして回り始めた新しい生活は、順調なスタートを切った。 俺とクマ吾郎がダンジョンで採集してきた素材は、レナが錬金術でポーションに、バドじいさんが宝石加工で護符やアクセサリーにしてくれる。 どちらもまだそんなに品質は高くない。 が、冒険者が多く行き来する場所に店を出したのが当たりだった。 ダンジョン攻略の前後に立ち寄る冒険者が予想以上に多くて、ポーション類はいつも売り切れ。 護符とアクセサリーも上々の売上を記録している。 護符とかアクセサリーは魔法の力を込めて作るんだが、壊れやすい。半消耗品なのだ。 作れば作るほど売れるとあって、レナとバドじいさんのやる気がアップした。 毎日たくさんの生産をこなして、腕もぐんぐん上がっている。 そんなある日、俺がダンジョンから帰るとエリーゼが話しかけてきた。「ご主人様。盗賊ギルドのバルトさんから手紙が届いています」「バルトから?」 久々に聞いた名前に首をかしげながら、手紙を開いた。『親愛なるユウへ。 きみが店を持ったこと、たいそう繁盛している話を聞いたよ。 もうならず者の町に戻る気はないのかな。 盗賊ギルドの宝石
季節は夏を過ぎて秋になり、やがて冬に差し掛かる。 それぞれの役割を忠実に果たし続けた俺とクマ吾郎、それに奴隷たちは、努力に見合った成果を手に入れていた。 俺とクマ吾郎は戦闘能力がかなり上がった。 もう一流冒険者としてどこへ行っても恥ずかしくない実力だ。「俺は一流。クマ吾郎は超一流かもな」「ガウ!」 奴隷たちはおのおののスキルを磨いた。 錬金術のレナのポーションは、店で売っているポーションより一回り高い性能を発揮する。 中級レベルまでのダンジョンであれば十分に通用する性能だ。場合によってはボスにも使える。 宝石加工のバドじいさんのアクセサリーは、冒険で大きな効果を出している。 このクラスのアクセサリーは店では売っていないし、ダンジョンのドロップを狙うにも難しい。 ある程度の数をいつも揃えているこの店はとても評判がいい。 エリーゼも裁縫の腕を上げて、みんなの服を作るようになった。 ただ、彼女は店の経営と二足のわらじ。他の奴隷に比べれば裁縫スキルはゆっくりとした成長になっている。 イザクは農業スキルを上げて、見事に畑を耕した。 家の裏手はよく整えられた畑が広がっている。 秋まきの野菜が植えられて、もう少しで収穫できるという。楽しみだ。 子供のエミルと女戦士のルクレツィアは、そこまで変化はないな。 エミルはまだまだ幼い。 ルクレツィアは元からけっこう強かった上に、まだうちに来てからそんなに経ってないし。「それにしても、みんなすごい成長ぶりだよなぁ」 ダンジョンから家に帰った俺は、レナとバドじいさんの新作を見ながら言った。「世の中に錬金術師や宝石加工師は、たくさんいると思うんだけど。レナやじいさんは修行を始めてまだ半年そこらだろ。それが標準より良い性能のものを作るんだから、びっくりだよ」「そうですね……。実はわたしも、ちょっと不思議で。やっぱりご主人様の人徳でしょうか?」
ドォンッ! 体を突き上げるような激しい衝動で、俺は目覚めた。 まわりは真っ暗。何がなんだか分からない。 手探りでドアらしきものを探り当て、必死の思いでこじ開ける。 外は嵐だった。 激しく揺れる地面は木の床で、雨粒と波をかぶって水に沈みかけている。 大波が襲うごとに船は軋んで、今にも壊れてしまいそうだ。 船だ。俺は船に乗っていたんだ。 どうして? 思い出せない。 まるで見知らぬ場所の影絵を見るように、目の前の光景が展開されている。 ドンッ! また衝撃が走る。 すでに沈みかけている船が、波をまともに受けて揺らいでいるのだ。 ギィィと木が軋む嫌な音がして、床の傾きの角度がぐんと上がる。 高波をかぶって俺は転んだ。為すすべはなかった。 船の手すりを掴もうとしたが、全てが遠い。 俺は海に放り出された。 次々と襲ってくる波と雨のせいで、水中に落ちたと気づくのに時間がかかった。 激しい波に濁る海中で、船が真っ二つになっているのが見えた。 真っ二つになって、渦を起こして沈んでいくのが。 それが、俺の意識の最後になった。 パチ、パチと小さな音がする。 全身ひどく寒かったけれど、その音のする方向だけ少し暖かい。 そっと目を開けてみると、オレンジ色の炎が見えた。 焚き火だ。 焚き火のそばに二人の人影がいる。 俺の目はまだかすんでいて、どんな人物なのかまではよく見えない。「うう……」 声を出そうとしたが、うめき声しか出なかった。「おや。目が覚めたか」 若い男の声が答える。「君は三日も眠っていた。ニアに感謝するんだな。わざわざ君を海から引き上げて、こうして世話までしたのだから」 少し視力が戻ってくる。 よく見れば、二つの人影は若い男と少女のようだ。「あなた、難破船から落ちて溺れたのよ。覚えてる?」 ニアという少女が言う。十三歳か十四歳くらいに見えた。「覚えて……る」 かすれた声だったが、ちゃんと喋れた。 男が立ち上がって、俺にマグカップを差し出してくれた。 中身は温めたミルクで、ゆっくりと飲めば腹が温まってくる。「ありがとう、ええと」「ルードだ」 男、ルードは素っ気なく言ってまた焚き火の前に腰を下ろした。「運が良かったな。船はバラバラになって、浜に打ち上げられたのは瓦礫と死体ばかりだった。生きているのが
ため息をついたルードが投げやりな口調で言った。「まあいい。意識が戻ったのだから、我々は先に行く。あてのない旅ではあるが、他人のために足止めはごめんだからな」「ルード。彼は目を覚ましたばかりよ。もう少しだけ助けてあげましょう」 ニアが言うと、ルードはあからさまに舌打ちをした。なんだこいつ、性格悪いな。「そういえば、名前を聞いていなかったわね」「ニア、よせ。名など聞けば余計な縁ができる。今の我らにそんなものを抱える余裕があるか?」「縁ならもう十分にできているわ。今さらよ。……それで、あなたの名前は?」 俺の名は――「ユウ、だ」 何も思い出せないくせに、名前だけはするりと出てきた。 それともYOUのユーだろうか。 分からんが、ユウは意外に馴染みがいい。本当に俺の名前なのかもしれない。「ユウ。もう少し眠るといいわ。私たちが火の番をするから、安心して」 ニアがにっこりと微笑んだ。 横ではルードが苦い顔をしている。 分からないことだらけで不安だったが、体は冷えて疲れ切っている。 返事をするのもままならず、俺は再び眠りに落ちた。 再び目覚めると、体はずいぶんマシになっていた。 焚き火のそばには、相変わらずニアとルード。二人は小声で何事か話している。 俺が目を開けたのに気づいて、ルードが言った。「顔色は良くなったな。起き上がれるか?」「ああ、大丈夫だ」 体のあちこちが痛んだけれど、俺は立ち上がった。 ぐっと手足を伸ばす。洞窟の天井は案外高くて、俺が手を伸ばしてもぶつかったりしなかった。 深呼吸をすると、腹がぐうと鳴った。 いいことだ。空腹を感じるのは、正常なことだからな。「ほら、飯だ。食え」 ルードが投げて寄越したのは……生肉である。 生肉は地面を転がり、土で汚れている。 いや生肉って。病み上がりの怪我人に与えるか普通? 生肉を手に取って俺は困った。困ったが、腹はぐうぐう鳴っている。 仕方なく肉を焚き火であぶってみる。 串もなくあぶったものだから手が熱い。「うおっアチッ」 肉の端に火がついて、ついでに俺の手もやけどしそうになった。こりゃだめだ。 仕方ない、生のままだがかじってみよう。 俺は口を開けて肉にかぶりつく。「ォエェェッ」 で、普通に吐いた。 胃の中が空っぽだったので胃液を吐いてしまった。 当
足元に転がってきたのは、古びた剣と盾だった。 どちらもあちこち錆びついており、いかにもガラクタといった様子。 手に持ってみると無駄にずっしりと重い。質の良くない金属で作ったものなのだろう。 ルードが言う。「お前がこれから一人で生きていくには、まあ、冒険者になるのが妥当だろうな。なにせ森の民だ。下手に出自を知られれば、定住はおろか迫害を受けかねん。であれば、自分の身くらいは自分で守ってみせろ。……ニア」「うん」 ニアが立ち上がって、小さく何事か呟いた。 ぐるり、空気が奇妙な渦を巻く。その渦の中心に小さい何かが生まれた。「ピキー」 それは丸くっこくて水分が多そうな、よく分からない生き物だった。 白っぽいしずく型でぷにぷにしている。 俺は何となく某国民的RPGの一番弱い敵を思い出した。「ピキー」「ピキッ」 そいつらは全部で三匹いる。ぴょんぴょんと跳ねている動きは、ちょっと可愛いかもしれない。 ルードが腕を組む。「最弱魔物の『グミ』だ。初心者の相手としてはちょうどいいだろう。そいつらを殺せば、ルード先生の親切は終了だ。さあ、やってみせろ!」「ピキーッ!」 そいつらはぴょんぴょん跳ねながら、襲いかかってきた!「うわ!」 俺は慌てて剣と盾を持つ。 すると―― デロデロデロ…… 何とも不吉な気配がした。手元の剣と盾は不気味な赤黒い色に包まれている。 ただでさえ無駄に重量があったのに、さらに重くなりやがった。ここまで来ると素手のほうがいいと思うくらいだ。「あぁ、すまん。その武具は呪われていたか。まあ後で解呪法も教えてやろう。とりあえず頑張れ」 ルードが無責任なことを言っている。 絶対わざとだ、あれ!「ピキ!」 どすっ! グミの一匹が体当たりをしてきた。「ぐふっ」 小さい割に強烈な体当たり。いや、俺が弱いのかもしれん。「ピキピキ!」「ピーッ!」 立て続けに三匹からぶつかられて、俺は思わず膝をつきそうになる。 だがここで体勢を崩せば、よってたかって襲われて死ぬ。ルードは助けて……くれなさそうだ! 俺は必死に周囲を見た。 洞窟はそんなに広くはなく、奥に行くに従って幅が狭まっている。 奥の壁を背にすれば、三匹同時に攻撃されることはないだろう。「くそっ!」 重すぎる両手の剣と盾を引きずるようにして、俺は洞窟
床にへたり込んだ俺の目の前に、小瓶に入った液体が差し出された。 少し目を上げるとニアがいる。「お疲れ様。最初としては頑張ったと思うわ。このポーションを飲めば体力が回復するから、どうぞ」 彼女はルードよりはよほど信頼できる。 瓶を受け取って赤い液体を一気にあおった。 味は正直、薬臭くてうまいとは言えない。 それでも渇ききった喉を滑り落ちる感触が心地よい。 すっかり飲み干すと、確かに体が楽になった。 俺は立ち上がって空き瓶をニアに返した。「それから、これも」 ニアは今度は古びた巻物を渡してきた。「これは?」「解呪のスクロール。いつまでも呪われた装備だと、困るでしょう。後で読んでみて」「ありがとう!」 まあその呪われた装備をそうと言わずに寄越したのは、そこにいるルードなんだが。 ちなみにヤツは全く反省のない顔で、肩をすくめている。「親切にしてやるのも、もう十分だな。ニア、そろそろ行くぞ」「うん」 ニアとルードは連れ立って洞窟を出ていく。 洞窟の出口でニアが振り返った。「ここから西の海岸を南に行けば、町があるから。一度行ってみるといいわ。それから焚き火の横の袋は、あなたへのささやかなプレゼント」「俺からも最後の忠告だ。森の民の尖った耳は、差別と迫害の対象になる。町に行くなら隠しておけ」「お互い生き延びていれば、またいつか会えるわ。さようなら」 二人は口々にそんなことを言って、今度こそ本当に洞窟から出て行った。 大して広くもない洞窟の中で、俺は一人になった。「さて、ニアの言う『プレゼント』は、っと……」 俺はまず、袋の中身を確認してみることにした。 背負うのにちょうど良さそうな大きさの袋の中には、カチカチに固いパンと干した果物、さっきもらった赤いポーションがいくつか、それから色違いのポーションと巻物が何枚か入っていた。 ルードの呪われた装備よりよっぽどまともである。ありがとう、ニア。「まずは装備の解呪をしないと」 赤黒く光る剣と盾は手から離れてくれず、しかもやたらと重くて不便で仕方ない。 俺はもらった解呪のスクロールを開いて読んでみた。 口に出して巻物の文字を読み上げると、装備が白い光に包まれた。 おっ、これが解呪か? そう思ったのもつかの間、剣と盾の赤黒い光が抵抗するように強まって、白い光を吹き飛ばして
季節は夏を過ぎて秋になり、やがて冬に差し掛かる。 それぞれの役割を忠実に果たし続けた俺とクマ吾郎、それに奴隷たちは、努力に見合った成果を手に入れていた。 俺とクマ吾郎は戦闘能力がかなり上がった。 もう一流冒険者としてどこへ行っても恥ずかしくない実力だ。「俺は一流。クマ吾郎は超一流かもな」「ガウ!」 奴隷たちはおのおののスキルを磨いた。 錬金術のレナのポーションは、店で売っているポーションより一回り高い性能を発揮する。 中級レベルまでのダンジョンであれば十分に通用する性能だ。場合によってはボスにも使える。 宝石加工のバドじいさんのアクセサリーは、冒険で大きな効果を出している。 このクラスのアクセサリーは店では売っていないし、ダンジョンのドロップを狙うにも難しい。 ある程度の数をいつも揃えているこの店はとても評判がいい。 エリーゼも裁縫の腕を上げて、みんなの服を作るようになった。 ただ、彼女は店の経営と二足のわらじ。他の奴隷に比べれば裁縫スキルはゆっくりとした成長になっている。 イザクは農業スキルを上げて、見事に畑を耕した。 家の裏手はよく整えられた畑が広がっている。 秋まきの野菜が植えられて、もう少しで収穫できるという。楽しみだ。 子供のエミルと女戦士のルクレツィアは、そこまで変化はないな。 エミルはまだまだ幼い。 ルクレツィアは元からけっこう強かった上に、まだうちに来てからそんなに経ってないし。「それにしても、みんなすごい成長ぶりだよなぁ」 ダンジョンから家に帰った俺は、レナとバドじいさんの新作を見ながら言った。「世の中に錬金術師や宝石加工師は、たくさんいると思うんだけど。レナやじいさんは修行を始めてまだ半年そこらだろ。それが標準より良い性能のものを作るんだから、びっくりだよ」「そうですね……。実はわたしも、ちょっと不思議で。やっぱりご主人様の人徳でしょうか?」
家人らの担当が決まったので、俺とクマ吾郎の坑道も決める。 俺とクマ吾郎は今まで通りダンジョンの攻略に精を出すことにした。 これまでは金策メインだったが、これからは素材採集をもっと積極的にやるつもりだ。 どんどん作ってがんがんスキルを鍛えてほしい。楽しみだ。 鍛冶スキルは習得したものの、実際に手を出すのはもう少し先になる。 というのも、鍛冶はハンマーやら金床やら溶鉱炉やら、設備が必要になるからだ。 今の家じゃ狭くて置き場がない。 いずれ鍛冶場を作らないといけないな。 まあ、奴隷たちのスキルがもっと上がって店の売上が安定してからの話だ。 そうして回り始めた新しい生活は、順調なスタートを切った。 俺とクマ吾郎がダンジョンで採集してきた素材は、レナが錬金術でポーションに、バドじいさんが宝石加工で護符やアクセサリーにしてくれる。 どちらもまだそんなに品質は高くない。 が、冒険者が多く行き来する場所に店を出したのが当たりだった。 ダンジョン攻略の前後に立ち寄る冒険者が予想以上に多くて、ポーション類はいつも売り切れ。 護符とアクセサリーも上々の売上を記録している。 護符とかアクセサリーは魔法の力を込めて作るんだが、壊れやすい。半消耗品なのだ。 作れば作るほど売れるとあって、レナとバドじいさんのやる気がアップした。 毎日たくさんの生産をこなして、腕もぐんぐん上がっている。 そんなある日、俺がダンジョンから帰るとエリーゼが話しかけてきた。「ご主人様。盗賊ギルドのバルトさんから手紙が届いています」「バルトから?」 久々に聞いた名前に首をかしげながら、手紙を開いた。『親愛なるユウへ。 きみが店を持ったこと、たいそう繁盛している話を聞いたよ。 もうならず者の町に戻る気はないのかな。 盗賊ギルドの宝石
店を出す場所はもう決めてある。 王都パルティアから街道を東に二日程度進んだ場所だ。 王都が近いせいで人の往来が活発。 加えて、その周辺はダンジョンがよく出現する。 王都に近くはあるが、徒歩二日の距離は至近ってほどでもない。 補給のための買い物したり戦利品を売り払うために王都まで行くにはちょっと面倒で、しかし人の行き来は多い。 なので冒険者の客の需要があると見込んだのだ。 幸いなことに周辺に店はない。絶妙な位置だった。 俺が作りたいのはダンジョン攻略に役立つアイテムや武具だ。 生産スキルの練習がてら余ったものを売るには、冒険者相手が一番いい。 中級以上の冒険者はそれなりにお金を持っている。金払いのいい客になってくれるだろう。「よし。建物はこんなもんだな」 夏の青空の下、できたての小屋の前で俺は腕組みをする。 王都の大工に頼んで建ててもらった家だ。 ほとんど小屋レベルの小ささだが、街道に面した部分が店になっている造りである。 ついに俺も家持ちになった。小さいながら我が家だ! 家はリビング・ダイニング、キッチンの他にベッドルームが一部屋、それから店のスペースしかない。 狭いのでベッドルームに三段ベッドを設置してみた。 はみ出た人はリビングで寝てもらおう。 男女の過ちとかは、まあ、奴隷契約があるので起こらんだろ。 六人と一匹の大所帯としては小さな家だ。 リビング・ダイニングもこじんまりしたもので、食卓テーブルを置いたらスペースに余裕がない。 狭すぎると文句を言われるかと思ったが、この小さな家は好評だった。「わたしたちのお家ができるなんて、素敵です!」 エリーゼが言えば、「いい家だ。雨風がしのげて、雨漏りもしない」 農業スキルのイザクが続ける。「わたくしどもにはもったいないですよ」「ここに住むの? 怖い人、来ない?」 錬金スキルのレナと少年のエミル
断ろうと思ったが、その子供と目が合ってしまった。 年齢にそぐわない全てを諦めきったような目。ろくに食事をもらっていないと分かる、ガリガリの体。 髪の色は金髪だと思うんだが、薄汚れてぱさぱさなのでよく分からない有り様だった。 今日買った三人の奴隷は、拠点で生産しながら店番をしてもらう予定だ。 ダンジョンに連れて行くつもりはないので、危険はない。 それなら――「分かった。その子も買うよ」「毎度あり!」 奴隷商人のホクホクした顔がムカつくが、俺は黙って代金を支払った。 四人合わせて金貨六枚なり。 全財産の金貨二十二枚から出して、残りは十六枚。まだ大丈夫。 魔法契約で俺を主人に設定する。 農業スキル持ちのササナ人はイザク。 錬金術スキルの女性はレナ。 宝石加工のじいさんはバド。 少年はエミルという名前だった。「みんな、これからよろしくな」 声をかけても反応が鈍い。 エリーゼがとりなすように言った。「皆さん、ご主人様は優しい方です。どうか安心して仕事に励んでくださいね」 同じ奴隷のエリーゼの言葉は、少しは響いたようだ。 彼らはもそもそと挨拶をしてくれた。「反抗的な態度を取ったら、容赦なく鞭打ちをおすすめします。鞭も売っていますよ。銀貨二枚」 奴隷商人がそんなことを言っているが、無視だ無視。 俺は奴隷たちを引き連れて、市場を出た。 夜になるまでまだ間があったので、服屋に行って奴隷たちの服を買った。 奴隷制は嫌いだが、必要以上に甘やかすつもりはない。 これからしっかり働いてもらわないとな。 でも、不潔でボロボロの服は良くないだろ。 一年前までボロばっかり着ていた俺が言うんだ、間違いない。 次に宿屋の部屋を取った。 そこで桶と湯を借りて、それぞれ体を洗わせた。不潔は病気の元だからな。 さっぱりした奴隷たちに新しい服を着せる。 これ
その奴隷を見てみると、浅黒い肌に大柄な体をしていた。骨太な体格だが今は痩せてしまっている。 パルティア人とちょっと毛色の違う感じがする。経歴書には「ササナ人」とある。 ササナ国は確か、パルティアの南にある小国だったな。 確かに農業スキル持ちの割に、お値段が安い。 農業は農奴として人気のスキル。普通ならば引く手あまたのはずだ。この値段では買えないと思う。 反抗的ということで割引中なのだろう。 あるいは、態度が良くなくてどこかの農園を追い出されたとか?「反抗的でも別にいいよ。仕事だけきちんとやってもらえれば、文句はない」 俺が言うと、ササナ人奴隷はちょっと目を見開いた。 まあ、仕事をサボってばかりだとか他の奴隷たちを虐めるだとか、問題行動があまりにひどかったらその時に対応を考えよう。 彼をキープしてもらって、次の人の吟味に入る。 生産スキルはたくさんがあるが、特に欲しいのは鍛冶と錬金術、宝石加工だ。 鍛冶は武具を作るスキル。 良い武具はダンジョン攻略の要だからな。 武具は店売りのものでは性能が物足りない。かといってダンジョンでドロップを狙うのはあまりに運任せすぎる。 ある程度の性能を狙っていく場合、鍛冶スキルは必須になるだろう。 で、錬金術はポーションを作るスキル。 混乱やマヒのデバフ系ポーション、それに回復系のポーションはダンジョン攻略に必須である。 宝石加工は護符やアクセサリーを作る。これも武具に準じる装備品だ。 しかも壊れやすいので半消耗品でもある。しっかり確保したい。 次点で魔法書製作。 魔法書は魔法屋で買うかダンジョンで拾うかしか入手経路がない。 で、魔法屋の品揃えもそのときによってまちまちなのだ。 安定してよく使う魔法の魔法書が手に入るなら助かる。 ただ、俺の得意とする魔法は初歩のマジックアローや戦歌、光の盾など。 これらは店でもダンジョンでも比較的入手
そうして向かった奴隷市場は、相変わらず胸くそ悪い場所だった。 やっぱり俺は奴隷制が嫌いだよ。 だいたい、どうして人間を道具としてお金で売買するのが許されるのか。 この世界、この国は理不尽が多いが、奴隷制度はその最たるものだと思う。 鎖に繋がれ、手かせをはめられた奴隷たちが狭い檻に押し込められている。 向こうではオークションをやっているらしく、台の上に立った奴隷たちが自分の名前と特技を書いた札を持っていた。 オークションを後ろの方から見ていたら、奴隷商人に話しかけられた。 愛想のいい笑顔を浮かべているが、同時に警戒心も見て取れる。 エリーゼを買ったのはならず者の町だった。 あそこじゃ盗賊ギルドのバルトが付き添いに来てくれたおかげで、待遇が良かった。 俺はここじゃ見慣れない顔だろうからな。「お客さん、見ない顔ですね。今日はどんな商品をお探しで?」 人間を商品と言ってはばからない。俺はイラッとしたが表には出さずに言った。「生産スキルが得意な人を探している。戦闘はできなくてかまわない」「それでしたら……」 奴隷商人はオークションから離れて、建物の一つに俺たちを招き入れた。 何人かの奴隷が引き出されてくる。 比較的若い人からお年寄りまで、さまざまだった。 そうして紹介された奴隷は確かに生産スキルを持っていた。 いつぞやのならず者の町の奴隷商人よりも優秀だな。あいつ話聞いてなかったからな。「エリーゼ。どの人がいいと思う?」 エリーゼに聞くと、その場にいた全員が意外そうな顔をした。 え、なに?「お客様はわざわざ奴隷に意見を聞くのですか。これはお優しい」 奴隷商人が嫌味な口調で言う。 そういうことかよ。俺は言い返した。「これから買う奴隷は彼女の仕事仲間になるんだ。相性も大事だろ」 本当は奴隷だって人間だ、お金で売り買いするなど間違っていると言いた
おっさんの言葉に俺は頭を巡らせた。 店を出す場所はよく考える必要がある。 まず、町の中はあまり良くない。すでに別の店があって競合してしまうから。 既にある店のほうが経営や仕入れのノウハウが豊富だろう。固定客もいるだろうし。 素人の俺がいきなり参入しても不利になってしまうと思う。 じゃあ店を出すなら町の外か。 街道沿いで人の多い場所や、ダンジョンがよく生まれる地域で冒険者相手に商売するのが良さそうだ。 もちろん、いい場所は既に店が出ている。だが現役冒険者である俺の視点から見れば、まだまだ穴場があるはずだ。「分かった。ありがとう」「おうよ。店をやるのか?」「まだ計画段階だけどね」 そんな話をして、俺は冒険者ギルドを出た。「どうでしたか?」 外で待機していたエリーゼが尋ねてくる。「王都で出店の許可をもらえるんだってさ。場所を考えながら王都まで行こうか」 王都にはこの国で一番大きな奴隷市場もある。人材の調達はそこですればいい。 この一年で配達やダンジョン探しをしてあちこち歩き回ったおかげで、この国の地理はだいたい把握している。 店を出すのにいい場所も、いくつか目星がついていた。 王都までの道すがら、手頃なダンジョンがあったのでいくつか攻略した。 寄り道をしたせいで少し時間を食ってしまい、王都に到着する頃には季節は初夏になっていた。 せっかくここまで来たので、直近の税金を納めておく。もう脱税騒ぎはごめんだからな。 今度はヴァリスに呼び出されることもない。 お役所に行って新規出店について案内を聞いた。 担当のお兄さんが言う。「店を出すには許可証が必要です。こちらの申請用紙に記入の上、お金を添付してください。金貨三枚です」「なかなかお高いですね」 金貨一枚あれば、一人暮
「違う違う、エリーゼが嫌いという意味じゃない! 奴隷制度そのものに反対ってことだよ。だってお金で人を売ったり買ったりするなんて間違っている。エリーゼだって子供の頃は開拓村の自由民だったんだよな。それが奴隷になってしまって、嫌だっただろう」「わたしが奴隷になったのは、親に売られたからです。わたしを売ったお金で家族は冬を生き延びました。仕方ないことです」 いきなりヘビィな話が飛び出した。 分かってはいたが、この世界で日本の常識も良心も通じやしない。 けれど割り切るのは嫌なんだ。 前世の話をして理解してもらえるわけはないので、説明に苦労した。 けれどエリーゼを嫌っているわけではないこと、奴隷制度そのものに疑問を持っていることは分かってくれたらしい。「ご主人様は優しいですね」 と微笑まれてしまった。「けど、この国に奴隷制があるのはどうしようもないですよ。だったら奴隷を買って、わたしみたいに優しくしてあげて、生きる力を育ててあげてください」 この国の人間で今なお奴隷身分の彼女の言葉には、説得力がある。「……分かった。ただ、養う人数が増えればお金や食べ物の問題も出る。少し考えさせてくれ」「はい」 エリーゼの言葉で、俺は業務拡大(?)の決心をした。 今の俺の実力は、上級冒険者といって差し支えない。 中堅クラスのダンジョン攻略は問題なく進めて、ボスから得た装備品も充実した。 クマ吾郎といっしょに効率よく戦闘を繰り返したため、短期間で強くなれたのだ。 当然実入りも良くなって、貯金はかなり増えた。 だが、何人もの奴隷を買って彼らを養うとなったらどうだろう。 生活費を稼ぐためにカツカツになってしまっては意味がない。 奴隷の皆さんにしっかり働いてもらって、さらに利益を上げなければ。 そのためにはどんな人材を買って、どんな仕事を割り当てるか熟考の必要があ
この遺品――冒険者の日記の重要な点は、店で売っていたりダンジョンに落ちているポーションよりも高品質なものを作れると書いてあるところだ。 質の良いポーションであれば、レベルの高い魔物に通用する可能性がある。 混乱やマヒのポーションは、うまく決まれば相手を無力化できる。 ダンジョンで無限に出てくる魔物相手に、いちいち正面から戦うのは無理というもの。 だからぜひとも、無力化できる手段がほしかった。 一時的に無力化できれば、あとはボコるも逃げるも自由だからな。 錬金術はスキルである。 王都の冒険者ギルドで習えたはずだ。 その他にも生産系と思えるスキルは、あちこちの町にあった。 今までは余裕がなくてスルーしていたが、そろそろ取り組んでみよう。「ご主人様、考えは決まりましたか?」 部屋で待機していたエリーゼが言った。 ふと思いついて、俺は言ってみた。「エリーゼは裁縫スキルを持っていたよな。あれ、服とか作れるのか?」「どうでしょう……。わたしのスキルは低すぎて、繕いものをするくらいしかできません。でも、スキルを鍛えればできるようになるかもしれませんね」「なるほど」 スキルを最初から持っているのは強みだ。鍛えてみる価値はあるだろう。 さすがの俺も、全ての生産スキルを一人で極めるのは大変すぎる。手分けするのはいいアイディアだ。「ダンジョン攻略、ちょっと行き詰まってきだだろ。だからここらで方向転換しようと思ってな」 俺はエリーゼとクマ吾郎に考えを話して聞かせた。 二人ともうなずいている。「幸い、スキル習得に必要なメダルはたくさんある。これから各地を回って、めぼしいスキルを覚えてこよう」「はい!」「ガウッ」 そうして俺たちは春の季節を移動と町めぐりに費やした。 各町で見つけた生産系スキルは以下の通り。 鍛冶。ハンマーを振るって金属を加工し、武器や防具を作る。